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横山 智(幹事・編集担当)

名古屋大学大学院環境学研究科

 

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 今から20数年前の出来事です。
 東南アジアのラオス北部農山村での焼畑調査が終わり、帰路に立ち寄った町の市場で「トゥアナオ」と呼ばれる茶色い豆を見つけました。ラオス語で「トゥアナオ」とは「腐った豆」という意味です。東南アジアにも大豆発酵食品があることは知っていたので、すぐにそれが「納豆」だとわかりました。ラオスで納豆ご飯が食べられるとは思っていなかったので、迷わずトゥアナオを一袋買って宿に持ち帰りました。しかし、袋を開けると、ラオス語の「腐った豆」という名前の通り、強烈なアンモニア臭が鼻をつきました。私は「これは食べられない」と直感したのですが、はじめて海外で出会った納豆なので一口だけ食べてみることにしました。すると、匂いは強烈ですが、その味は疑いなく納豆でした。きっと、どこかに日本のような美味しい納豆があるに違いないと思った私は、その後、東南アジアで調査を行うたびに市場で納豆を探すようになりました。
 それから7年後、私は納豆の生産現場を調査する機会を得ました。場所は、はじめて私が納豆と出会ったラオス北部の町です。しかし、そこで私が見たトゥアナオは、茹でた大豆をプラスチック・バックに入れて数日間放置するだけという信じられない製法でつくられていました。日本の納豆は、培養した納豆菌(枯草菌の亜種)を蒸した大豆にふりかけて発酵させています。ラオスのトゥアナオは、どうやって煮豆に菌を接種しているのか全く見当が付きませんでした。出来上がったトゥアナオは、ほとんど糸を引かないのですが、味は確かに納豆です。しかも、トゥアナオは潰してセンベイ状に加工し、調味料として使われていました。つくり方だけではなく、形状も利用方法も日本の納豆と全く違います。「煮豆を数日置くと、納豆になる」というマジックを見せられた私は、その仕掛を絶対に見破りたいと思いました。この調査を皮切りに、これまで誰も実施していなかった海外の納豆研究を本格的に開始することになったのです。
 マジックの種を明かしましょう。大豆を発酵させる枯草菌は土壌や植物に普遍的に存在するので、人為的に菌を供給しなくても煮豆が納豆になることは珍しいことではないのです。つくられている場所の雰囲気に菌が存在しています。しかし、当時の私は、そんなことは全く知りませんでした。加えて、私は納豆に対して「糸を引き、醤油をかけてかき混ぜてご飯と一緒に食べるおかず」という固定観念を抱いていました。おそらく、はじめて海外で出会ったトゥアナオが日本の糸引き納豆と同じようなものだったら、それ以上調べようとは思わなかったでしょう。固定観念を覆す出来事との遭遇、そして幸か不幸か、微生物学に関する知識がなかったこと、この2点が私を海外の納豆研究へと導いたのです。
 ラオスでトゥアナオと出会ってから15年が経過した2014年、これまでの研究成果を『納豆の起源』(NHKブックス)にまとめました。そして2021年には、日本の納豆調査の結果を加えてアジアに広がる納豆食文化を論じた『納豆の食文化誌』(農文協)を刊行しました。現在まで、アジアとヒマラヤの10カ国、約70地点で納豆を調査してきてきましたが、まだ未知の納豆は残っています。これからも納豆を調べるフィールドワークを続けて行くつもりです。
 最近は納豆に限らず、さまざまな発酵食品にも興味を持っています。世界各地の発酵食品についてフィールドワークする人文社会系の研究者と実験室で菌の分析を行う応用微生物学の研究者との共同研究を実施し「フィールド発酵食品学」の創出を目指しています。
 研究には、特別な能力など必要としません。理系・文系問わず、研究に必要なのは、わずかなきっかけと、それを知りたいという強い思い、納豆のような粘り強さです。それに加えて、私の場合は、自分が知らないことに出会うワクワク感が研究の原動力となっています。

 

       
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